高温物体の熱輻射の自在な制御を目指して

太陽光、白熱電球の光、加熱された炭が赤く光る現象など、物体を高温に加熱したときに生じる発光は熱輻射と呼ばれます。熱輻射は、様々な波長の光を含むことから、多岐にわたる分野で利用されています。例えば、太陽光発電においては、熱輻射に含まれる可視光および近赤外線のエネルギーを、太陽電池により電気エネルギーへと変換しています。一方、多くの気体・化学物質は、特定の波長の中赤外線を吸収する性質を有するため、熱輻射に含まれる中赤外線を利用することで、各種物質の高感度なセンシングが実現します。しかし、一般的な物質から生じる熱輻射は、あらゆる波長の光を同時に放射してしまうため、特定の波長の光のみを必要とする上記の応用では、エネルギーの無駄が極めて大きくなります。そこで私たちは、望む波長の熱輻射を、望むタイミングで、高効率に生成する手法を確立し、様々な応用に展開することを目指して研究を進めています。

図1 熱輻射に含まれる各波長の光の応用例

 

熱輻射の起源となる電子と光の相互作用を制御する

そもそも熱輻射はどのようにして生じるのでしょうか。物体の温度を上昇させると、その中の電子の動きが活発になり、光を放出します。こうして電子から発せられた光は、物質内部で再び電子と相互作用して吸収されます。このような電子と光の相互作用が十分に繰り返され、定常状態になったときに、物質の外部に放射される光が熱輻射となります。一般的な物質では、この電子と光の相互作用が、あらゆる波長(エネルギー)において十分に長い時間繰り返されるため、様々な波長を含んだ熱輻射が生じます。それに対し、私たちの研究では、上記の電子と光の相互作用が、特定の限られた波長域でのみ強く起きるように制御することで、目的の波長に集中した熱輻射を実現することを目指してきました。このような制御を実現するポイントとなるのが、ガリウムヒ素、シリコンなどの半導体材料と、それをもとに作製される「フォトニック結晶」と呼ばれる光学ナノ構造です。半導体材料は、金属に比べて物質内での自由電子密度が低く、加熱しても熱輻射を生じにくいため、従来の熱輻射制御の研究ではほとんど注目されていませんでしたが、私たちは、量子井戸と呼ばれる特殊な層を導入した半導体を利用することで、特定の波長域のみで熱輻射が生じ、その他の波長では熱輻射が生じない、という状況を作り出せることを見出しました。さらに、この半導体材料の表面に、光の波長程度の周期的な凹凸(フォトニック結晶)を作製することにより、波長をさらに限定しつつ、より高強度な熱輻射が得られることを実証しました。今後は、このような熱輻射の波長制御を、可視光から赤外線までの任意の波長で実現したいと考えています。

 

 

図2 半導体フォトニック結晶を用いた熱輻射光源の模式図(左)と 実現した狭帯域な熱輻射スペクトルの例(右)

 

「熱輻射の応答は遅い」という常識を覆す

さらに研究を進めていくうちに、最近、新たな熱輻射制御の可能性も見えてきました。それは、「熱輻射を高速に制御する」というものです。一般に、高温物体の熱輻射強度は、その物体の温度で決定されるため、熱輻射のオン・オフを行うためには物体を加熱・冷却する必要があり、その応答速度は極めて遅くなります。そこで、私は、「電子と光の相互作用によって熱輻射が生じる」という基本に戻り、物質中の電子自体を高速に生成・消滅させることで、熱輻射の高速なオン・オフが可能になると考えました。実際に、上で述べた半導体量子井戸の中の電子密度を、外部から加える電圧により変化させられる光源を作製したところ、光源の温度は一定であるにも関わらず、電圧に応じて熱輻射強度が高速に変化する様子が確認されました。こうした熱輻射の高速な制御は、例えば排気ガスに含まれる有害物質や大気中のCO2濃度の計測など、特定の波長の赤外線を利用するセンシングに応用できる技術です。また、従来観測できなかった新しい高温物理現象の発見につながる可能性もあり、大変興味深いと考えています。

 

自在な熱輻射制御の実現に向けて

これまでの私たちの研究を通して、「エネルギーの無駄が大きく、応答速度も極めて遅い」と一般に考えられてきた高温物体の熱輻射が、特定の波長に集約可能で、高速な制御も行うことができる奥の深い発光現象であることが明らかになってきました。今後は、こうした熱輻射が有する面白い可能性をさらに探求するために、新しい半導体材料や光学ナノ構造の設計・作製を行い、可視光から赤外線までの任意の波長において、自在な熱輻射の制御を実現していきたいと考えています。最終的には、特定の波長に集中した熱輻射を利用して、太陽電池のエネルギー変換効率の大幅な向上や、環境・医療センシングシステムの小型化・低消費電力化を実現し、持続可能な社会の構築に貢献できればと考えています。

 

 

研究室HP

http://www.qoe.kuee.kyoto-u.ac.jp/

主要論文